八年間キミが居た場所。
2010年4月、何してたっけなー。
平成22年?あれ、まだギリギリ身分証=学生証だったかも。
日本で一番狭い県の中で一生懸命もがいてた気がする。
地元の関西と違って、ローカル番組が少ないからか、その日その時間にチャンネルを合わせればまだスーツに着られてるようなキミが居て。
でも月水金は18時から21時まで稽古だったから。リアルタイムで見ることはほっとんどなくって。
そのうち出番に対する編集速度が追い付かなくなって、録画をやめたような気がする。
最近、当時のHDDデッキを復活させたからそれを確認したらすぐわかるかな。
当時も、まぁなかなかに風当たりは強くって。
でも翔ちゃんが切り開いてくれた道を確実にキミは慣らし、踏み固めて、自分の道にしていた。ような記憶。
地元に帰ってからはローカル番組に邪魔されて、2012年の∞イヤーも控えてたりして、本当に何も見てなかった。
たまにライブのあとの放送でキャッチしてコメントしてるのが切り取られたように流れてきて。それで、あぁ、そうだ。って思い出して。
それで、3.11が来て、放送時間のかなり前からステーションにいたキミがばーーーーって流れて来て、それで、その辺りから記憶が混濁しててあんまり覚えてないんだけど。
でも遠征のタイミング合う度に寒かったり暑かったりするあのデッキのあの場所で、キミの姿を見て、頑張らなきゃって思ったんだった。
全部全部、過去形。
もう進行形では話せなくなってしまった。
立場とか、イメージとか、そんなもんの為に頑張れるような人じゃないと思うんだ。
被災地、と呼ばれる場所にたくさんたくさん居る、その場所で懸命に生きようとする人の前に現れるんだよね。そして、つらいとか苦しいとか、そんなやり場のない気持ちも両手で掬い取って、そっと笑顔にしてくれる。
明日も生きよう、って思わせてくれる人なんだよ。
「当然の報い」って言う人がいた。
ICレコーダー持って年齢偽って法律犯してカネにして。
何それ。そのにぎりっぺみたいな、そんなもので、よごして、きずつけて。
正論、なのかも知れない。
お酒が弱いのも、飲んだらウェイってなっちゃうのも、どうしようもない、かも知れない。
「警戒」を、するべきだったのかも知れない。
大事な時期。ステージに立ちたくても立てない苦しみも、ステージで満開の笑顔を咲かせる喜びも。
知っていたのなら。って、思うけど。
ワタシは強くないから365日24時間体制でそんなフルガード出来る人じゃないから。
キミのそんな「弱い」部分込みで、好きになった。
最初は消去法だったかも知れないけど。
でも、キミがステージで見せてくれる笑顔を、好きになった。
あと2週間足らずで年が明ける。
今年会うのは4月以来だね。8月にひよったワタシを許してください。
「社員」って言われる、言うぐらいにキミは確かにそこに居て。そして居なくなった。
八年間居た場所を離れる気分ってどんなだろう。
45秒にぎゅっと押し込められて、流れてきた。
それでもまだキミを殴り足りない人たちが言葉でもって殴りかかってくる。
それが「有名税」って言う人も居る。殴りかかる言葉を正当化して、弱いところを引き摺り出して。
それが2018年、平成の終わりなんだなぁって。
脈絡ねぇなぁ、相変わらず。
まぁ、こやちゃん擁護派が少ないのなんて知ってるから。
でも、ゼロじゃない、って言いたくって。
いや、それは言い過ぎかな。でも、何かこのまま納得したくないというか。
これが「当然の報い」ならば、なんで、ちゃんと「報いを受けて死んだ人」の墓掘り起こしてまで殴るんだろう、って。
ただ、それだけ。
「降板」という死の宣告ですら叩くって。ちょっとそれはやり過ぎでない?って。
多分、担当じゃなくっても思ってた。でも担当だから文字に残した。
戦争がしたい訳じゃない。ただ、もうそっとしておいて、って。
キミが一生懸命勉強して習得したのは、きっと「話を聞く為の、伝手」だよね。
だから、ワタシもワタシの精一杯で、キミの話を聞きたい。
藤井アナのコメント込みで45秒だから、キミの言葉自体は30秒もなかったのかも知れない。
30秒。八年を総括するには短いけれど、きっと何回も何回も読み直して文章作ったんだと思う。
途中一度だけつっかえちゃって、でもしっかりと文字を追って、音にしてくれて、コメントを寄せてくれて、矢面に立って謝罪の言葉で終わった。
一回しか見てないのに耳にこびりついて離れない。
電車の中でちょっとだけ泣いた。
ちゃんとしたブロガーさんだったらここから上手くまとめに持って行けるのかも知れない。
でも無理だなぁ。こんだけ吐き出しても、奥底に残る気持ちは「悔しい」でしかないんだ。
悔しい。くやしい。
何が悔しいのかもう色々混ざり合ってわかんないけど、ただただ悔しい。
防げた、かもしれない。
でも無理だった。そりゃ無理だよ、生きてるんだもん。
生きてるだけで誰かが突然殴りかかってくるような、そんな世界。
そんな世界くそくらい、だけど。
でも、そんな世界だからこそ、這いつくばっても、「生きて」欲しい。
キミの嬉しいが、ワタシの嬉しいで
キミの悔しいが、ワタシの悔しいで
キミの楽しいが、ワタシの楽しい。
だから、どうか。伝えることをやめないでください。
ステージを、踏みしめて、立っていてください。
いつか、いつになってもいいから、この苦しみをその両手で掬い取って、明日も生きようって思わせてください。
ずっとずっと、食らい付いて見てるから。
ワタシは、キミの笑顔が、大好きです。